ヨコハマメリー

ヨコハマメリー [DVD]
ヨコハマメリー [DVD]


かつて横浜の街角に、厚い白塗りの化粧と、白いドレス姿で娼婦として佇む一人の老婆がいた。誰が呼んだか、彼女の名は「ハマのメリーさん」。「化け物」と蔑まれ、住む家も失くし放浪する彼女はしかし、美しさと気品を誰よりも尊ぶ気高き女性だった。ある日突然横浜から姿を消したメリーさんの足跡を辿ろうと、カメラは当時彼女と親交の会った人々の元を訪ねながら、戦後の活気溢れる時代の横浜の風景に思いを馳せていく。


自分が横浜に住んでいて馴染みのある土地だということも大きいのかもしれないが、最初から最後まで引きこまれるように観ることのできた良質のドキュメンタリーだった。メリーさんに並ぶ第二の主人公格として、メリーさんと最も親交が深かったシャンソン歌手・永登元次郎さんという人が出てくるのだけれど、この人のメリーさんへの献身的な態度や、歌声から漂う気品みたいなものにまずグッとくる。元次郎さんが経営する「シャ・ノワール」(フランス語で「黒猫」)というシャンソンバーで、自ら歌うシーンが出てくるのだけれど、そこの雰囲気がまぁ何とも上品で美しい。「紅の豚」でジーナが「さくらんぼの実る頃」を歌う名シーンがあるけれど、まるでそこを彷彿とさせる感動的なシーンだった(「黒猫」っていうのも何か宮崎駿っぽいなと)。


元次郎さんは末期癌に侵されており、余命いくばくもない中で、男娼であった自分の過去とメリーさんに重ねた母の思い出を語っていく、というのが作品の一つの柱になっている。


メリーさんを触媒にして元次郎さんが自分の生涯を語るように、この映画はメリーさんの足跡を辿る話ではあるが、同時に横浜に生きる様々な人々が、メリーさんを通して自分の生き様、自分の主張、そして自分の生きた時代を語るという構成になっている。小説家、元娼婦、元ヤクザ、メリーさんを店から追い出した理容店の店主、メリーさんにビルの軒下を貸したオーナー。メリーさんに対して愛情や憎悪、様々な感情を抱いた人がメリーさんを語り、そして自分を語る。そこに活写されるのは、戦後の熱気漂う横浜を生きた市井の人々の濃密な生の姿だ。そしてゆっくりと確実に変わっていく時代を儚む人々の姿でもある。


いつしかメリーさんは姿を消し、メリーさんの立った伊勢佐木町の街並みもゆっくりと面影を変えようとしている。自分達が忘れ去ろうとしている物の大きさに、ふと足を止めて考えさせられる。そんな郷愁を誘う素晴らしいドキュメンタリーだった。横浜民ならずとも必見の一本。


★★★★