初秋

初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)
 私立探偵スペンサーが活躍するハードボイルド作品だが、チンピラを傷めつけたり売春婦を誑かしたり腐った権力者の切った札びらに煙草を押し付けるようなイメージのハードボイルドとは少々趣きが違い(そういうのも好きだけど)、自分のことしか考えていないクズ両親のせいで心を閉じてしまった少年が、スペンサーとの交流を通じて成長していくという、今でいう「ひきこもり更生小説」みたいな内容になっている。惰弱な少年を叱咤し、自分の人生をしっかりと見つめさせるスペンサーの言葉が最高にイイんだよなぁ。少年を両親から引き離したスペンサーがまず少年に体を鍛えるように言うんだけれど、その時の台詞がこんな感じ。

「得意なものが何であるか、ということより、何か得意なものがあることの方が重要なんだ。お前には何もない。何にも関心がない。だから俺は、お前の体を鍛える。丈夫な体にする、十マイル走れるようにするし、自分の体重以上の重量があげられるようにする、ボクシングを教え込む。小屋を造ること、料理を作ること、力いっぱい働くこと、苦しみに耐えて力を振り絞る意志と自分の感情をコントロールすることを教える。(中略) 自立心だ。自分自身を頼りにする気持ちだ。自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ。お前はまだそれだけの年になっていない。お前のような子供に自主独立を説くのは早すぎる。しかし、お前にはそれ以外に救いはないのだ。両親は頼りにならない。両親がなにかやるとすれば、お前を傷つけることくらいのものだ。お前は両親に頼ることはできない。お前が今のようになったのは彼等のせいだ。両親が人間的に向上することはありえない。お前が自分を向上させるしかないのだ」


 結局人間は自分の為す行動によってしか変われない。他者や環境が変わってくれるのを期待するのではなく、まず自分の行動によって変えようと試みること。その行動を見て他者が変わるということはあるかもしれないが、それは自分の意志の及ばざることであり、コントロールできないことをコントロールしようと思いすぎてはいけない。死ぬ時は一人と言っても、生きていくことにおいて他者は必要だし、他者の喜びを自分の喜びとしない人生は寂しいものだと思うが、自分の喜びが他者の喜びであるとは限らないし、それを他者に期待したり強制したりするのはよくない。とまぁ色々考えるが、結局は「自分のできる範囲のことに最善を尽くしていくしかないよなぁ…」という結論にいつも落ち着く。それでもダメなとき、人は「救われない」と感じるのだろうが、でも自分程度の人間が今できることといったらそれしかないのだ。やるぞ!